JIVE: 2016年3月アーカイブ

あまりSNSなどで展開する話ではないと思うので、久しぶりにこちらを使います。

あの2011年の東日本大震災から今日で5年経過しました。今日は午後時間が空いたのでQVCマリンフィールドにオープン戦を見に行ったのですが、震災発生時刻の14時46分頃に一度試合を止め、球場内の全員で黙祷を捧げるというシーンもありました。

5年前のこの日、実は3月11日は親の誕生日なので、昼前に洋菓子店に出向いて菓子を買いそろえ、昼食後には当時関わっていたシステム開発の細々とした仕事を片付けていたと記憶しています。仕事の作業も一段落して、巡回しているWebを色々と眺めている内に、初期微動が感じられました。

この初期微動が今まで体感したことの無い感覚だったので、頭の中で「ヤバイぞ」と感じました。それから間もなく激しい揺れへと変わります。私は子供の頃に千葉県東方沖地震は経験していて、これが現在の基準で震度5弱程度でしたので、今回の揺れは明らかにそれよりも大きいと思ったのです。

物で溢れかえっている自室は色々と危険なので、家の玄関を開け、その近くで揺れが収まるまで待っていたのですが、その後数分かなりの幅の揺れが続き、多少収まったといってもその後かなりの時間にわたって地面は揺れ続けていました。

ただ、一定レベルまで収まった時点で危険は去ったと判断して家の中に戻り、奇跡的に一つも転倒すらしていなかったTVやPCモニターなどが無事なことを確認すると、TV中継を見始めました。

 

TVの中の光景は一言で言えば地獄絵図でした。目前まで迫っている津波に気付くこと無く、車でそちらに向かって行ってしまう人たち。次々と流されていく建物...。

しばらくはTVに見入っていたのですが、ふと我に返ってこれから大変なことになるということに気付きました。少なくとも食料や水、そして車のガソリン。この辺りは無いと話が始まらないと気付き、同じ市内で働く兄を職場まで回収しに行き、その足でまず車のガソリンを満タンにして、インスタント食品を数日買い、ペットボトルの水とカセットコンロを調達したのです。見ていたTVで発電所が津波で止まったとか、製油施設にも被害が出ているという話を聞き、間違いなく食料とエネルギーはこれから当分不足すると予想が付いたためです。食料や水は元々ある程度備蓄があったので、少し買い足した程度でした。

それからのことは、特に東日本にその時点で住んでいた方は経験された通りです。特にガソリン不足に苦しめられた人は多かったでしょう。不思議なことに私が給油に行った時点で、道路はかなり混雑していたのですが、誰も給油していなかったのです。私が給油していたガソリンスタンドでも、客はもう一組だけでした。このときに正直言って日本人の危機意識の低さを感じてしまいました。

このときは仕事もかなりストップしてしまい、結果的にあまり外出する必要がなくなったのですが、燃料はこのときの給油で何とか不足していた時期を乗り切れましたからね。ちなみに給油できる内に当時兄が乗っていたトヨタ・ブレビスも私が給油しに行きましたが、さすがに極力燃費の良い走り方にこだわりましたね。ブレビスで一般道を使って11km/lを記録したのはこのときだけだったと思います。

 

それはさておき、直接的な被害よりもインフラの復旧までに強いられた我慢の方が大きな影響となった人も多かったでしょう。特に輪番停電などは...。

幸い私が住んでいる地域は復興に必要な資材や設備を作っている工場が稼働していた関係からか、実際の停電は一度も発生しませんでした。ただ、どうしても省電力性能という意識が生まれ、それまでこのサイトの運営に使っていたPentium4のサーバーは廃止し、Atom搭載の小型PCへとサーバーを切り替える契機になりました。現在もこのサーバーはAtomのままです。

 

そんな色々な経験をしてから5年経ち、今の世の中はどうなったでしょうか。直接的な被害を被った方々にとってはまだ現在進行形の問題である一方、東京圏より西の人間にとっては完全に過去の話となってしまっているのではないでしょうか。

福島の放射線線量が高いといえば放射脳だと馬鹿にする一派もいれば、一刻も早く原発を元通りにと騒ぎ立てる企業のトップや政治家もいる。所詮自分たちが被害を受けていないからとしか思えません。或いは金のためなら人が死んでも何とも思わないということなのでしょうか。

実際のところ、福島でも第一原発の周辺地域を除けば、人が住めないほどの線量ではないと私も思います。しかしそれでも元の平均からすれば数倍ある(一般人が設置したガイガーカウンターの値の直読み)という事実を無視して良いのか、そして今なお第一原発からの放射能漏れは終わっていないという事実を考えると、そこに住めないというのはヒステリーな発言と言い切ってしまって良いのか、もう一度冷静に考えてみるべきではないでしょうか。

政府はこの問題はとにかく無かったことにしたいので、常に「何の問題も無い」という部分だけを強調している訳ですが、それを鵜呑みにしてしまうのはあまりにも思慮が浅く愚かな行為です。まあ、政府の言い分を無条件に信用するような人は、集団的自衛権の問題でも政府の論に何の疑問も抱かないのでしょうけど...。

私は元々安倍晋三という人間自体が大っ嫌いですが、一昨日の「復興は順調に進展している。東北の観光復興元年にしたい」などという発言にはあきれ果てました。まともな感覚であれば少なくとも「復興に向けて関係各所は最大限努力しているが、被災地の皆様には不便を強いている部分がまだまだある。今後は地域の生活の立て直しと共に、産業の復興も目指していかなければいけない。かつてのように観光客が大勢訪れる土地に戻ることを目指して努力しよう」程度のことはいえるはずでしょう。つまり彼の眼中に現在進行形で苦しむ人々の姿は既に無いということです。そして自分が何かかけ声を発すれば、周囲が自分の思い通り動いて当然その通りになると本気で信じていそうです。どこまでお目出度いのか...。

 

私ははっきり言って安倍も嫌いですが、安倍の発言を盲目的に信じている信者はそれ以上に嫌いです。彼らの共通点は「都合の悪いことは脳内変換または消去する」ですから。福島第一原発も首相が菅直人でなければ爆発はしなかったと本気で信じている人間もいるという話ですが、誰がトップにいようとあのときの原発を無事に止められた人間などいませんよ。少しは現実を直視しましょう。

5年も経てば記憶が薄れて反省も無くなるということを、今の日本のあり方は十分すぎるほどの教訓としてくれました。当事者以外にとってはまさに他人事であるということも。

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